こだわり・ウォーキング ２００９−８−３１ 遠藤俊一 「 伊豆高原から石廊崎までを歩く 」 “ 着いたぞ〜！ ” （両手をメガホン代わりにした） “ バンザイ〜！ ” （両手を空に突き出した） 私は大声で叫んでいた。 とうとうやった。 うれしくなってしまった。 石廊崎灯台先端の見晴台には、夕暮れ近くとあってか先客は一人だけいた。 ３０代だろうか、男性だった。 私は彼にわびた。 「おさわがせしました」 「いいえ」 「じつは、これこれで 」 「へえ〜、伊豆高原からですか、それはすばらしいですね」 「うれしいんですよ」 「そうでしょうね」 なにか、前からの知り合いのような雰囲気がでていた。 でも、私には残された時間がない。 下田駅行き最終バスがすぐに出発する。 久しぶりに見た石廊崎の景観はすばらしかった。 小さな島や、まわりの断崖、岩礁、打ち上げる波しぶき。 でも、あまり味わっている暇がなく、そこそこに帰り路に着いた。 １７：１５発、最終バスの乗客は私１人、最後までひとりだった。 前の座席に座り、フロントガラスから前方を見る。 ここを歩いてきたんだな、あのバス停で小休止、お茶を飲んだな。 このだらだら坂を汗して上ったな。 ホームセンター、前回の終点地だ。 トンネル、すれ違う車に注意したな。 前回と今回を足して５時間半、苦労して歩いた路も、このバスでは３５分で着いちゃった。 それでも、やり遂げたんだ。ちょっぴり笑みがこぼれてきた。 ７年ほど前になる。 伊豆高原の会社契約のホテル「エクシブ伊豆」から伊豆高原駅を経由して、城ヶ崎海岸の海洋公園まで歩いた。 ホテルの人に言うと、それはすごい、よく歩きましたねという。 おだてにのって、ならば、石廊崎まで歩いてもっとビックリさせてやろうと思った。 何回かに分けてやればできるだろう。下田までは駅を目印に歩けば帰りは電車で帰れる。 次は、その駅まで電車で行き、また歩く。帰りは電車。 こうして下田までは行けるだろう。下田から石廊崎まではちょっと大変だが、これも分割すれば完歩できるだろう。 この構想を、帰ってから人に得意げに言ってしまった。 もう、やるっきゃないではないか。 こうして、伊豆高原から石廊崎までの「こだわりのウォーキング」が始まった。 こだわりシリーズ第１作はすでに始まっていたあの「大台ケ原、五能線、面河渓谷の３部作」である。 翌年、伊豆高原駅まで車で行き、こだわりの第２作、第２回戦が始まった。 伊豆高原駅の観光センターに寄り、ウォーキング用の地図がないかと聞いた。 驚くことに、伊豆急が新企画を始めたという。 「伊豆急全線ウォーク」である。 入場券を買い、駅から駅まで歩くと列車バッチがもらえる。 伊東駅から伊豆急下田駅まで完歩したら全線完歩賞ももらえるというものだ。 「なんだ、俺のプランを横取りしたな」 一瞬、しゃくにさわったが、 「まっ、いいか、それだけいいアイデアというもんだ。俺の方が先いってるんだ」 自尊心をくすぐられた気もして、ご機嫌で、沿線ガイド地図をもらって歩き出した。 ７回戦をまとめてみると 第１回 エクシブ伊豆 ――― 伊豆高原駅 ５ｋｍ 第２回 伊豆高原駅―大川―北川―伊豆熱川駅 14・2 第３回 伊豆熱川駅―片瀬白田― 伊豆稲取駅 12・8 第４回 伊豆稲取駅―今井浜海岸―河津駅 12・0 第５回 河津駅 ――― 稲梓駅 9・8 第６回 稲梓駅―蓮台寺―伊豆急下田駅―青市 約13・6 第７回 青市 ― 弓ヶ浜 ― 石廊崎灯台 約13・0 合計80・4ｋｍ そうか、およそ８０ｋｍを７回に分けて歩いたんだ。 ３回目からは、伊豆急のプランにものって、ちゃっかり列車バッチをもらったな。 ２回目と３回目はうちの奥さんと一緒に歩いたっけ。 ３回目の片瀬白田から河津への山越えの坂道もきつかったけど、 一番きつかったのは、６回目の河津から稲梓への山越え坂道だったな。 小雨がぱらついたのは河津から稲梓のときと下田近辺。 デイバックにビニール傘を突き立てて運んだな。 コンビニで買った昼飯を食べるときは小学生気分だった。 田舎道を歩いて日本の国の原風景だと一人悦にいっていた。 弓ヶ浜では、かって、関係会社の東信システムハウス海水浴で岸本君に桐蔭学園の柔道部にスイカの差し入れを させたことを思い出した。また、家族旅行でも来たな。 今年の３月が６回戦で、この５月が７回戦だ。７年で７回だから、やらなかった年もあるんだ。 最初は、行きがかり上やっていたという気がしていたが、結局、やりとおしたな。 ７回戦、最終回は２００９年５月３１日だった。 出発点は前回の到達点、下田の先のバス停「青市」。 前日、一緒に泊まった娘一家にそこまで送ってもらった。 前夜、娘婿の身内に不幸があったので、彼らはＵターンして帰っていった。 小雨がぱらついていたり、土産を買う場所に付き合っていたので、時間は１２時をずいぶんすぎていた。 それでも、雨はやんでいたので宿で借りたビニール傘はデイバックに差し込んだ。 さあ、ゴールに向かっていくぞ！ まずは弓ヶ浜に向かった。 あのシステムハウスでの海水浴や、家族での春旅行を思い浮かべながらうきうきと歩いた。 石廊崎への路と別れて、左の道を選択、弓ヶ浜に向かう。 弓ヶ浜で遅い昼食、“サザエ丼”に舌鼓をうつが、なにか時間に追われ始めた。 “さあ、石廊崎にゆくぞ！” 私は石廊崎でやることを決めていた。 まず、お店でイカの丸焼きを買い、ガブリとかじりながら灯台を目指す。 灯台についたら、大声で叫ぶ。 そして、バンザイだ。 考えると楽しくなる。 小稲、下流、大瀬と小さな町を通り過ぎると石廊崎への看板が見えてきた。 でもちょっと心配が出てきた。帰りのバス、最終に間に合うだろうか。 行き過ぎる反対側のバス停で、時刻表をしばしば確かめる。 なんとか行けるだろう。 だいじょうぶ、だよな。 トンネルの手前、石廊崎入口の看板のところを矢印に従って左に曲がった。 すぐに終点のバス停に着く。もう４時半になっている。 「最終は５時１５分か」 バス停の縁台でくつろいでいるらしいおじさんに聞いた。 「石廊崎灯台まではどのくらいかかりますか」 「２０分ぐらいかな、急げば行って帰って来れるよ」 よしっと歩を早める。 そのとき、目に入った。 「イカ焼き」の看板だ。 “だめ、時間がない、帰りだ” 坂道を登り、廃業されているテーマパークの店の前を通り、灯台に。 灯台は中に入れない。 その先に、小さな神社と見晴台があった。 神社でパンパンとお参りし、岬の先端のような見晴台に立つ。 ついにやった、“到着だ〜、ゴールイン！” 大声とバンザイは先客に失礼かと迷い、１，２回往復を繰り返し、でも、やった！ ７年かけた“こだわりのウォーキング”が完結した。 でも、まだ終わっていなかった。 帰りのバスに間に合うか。 大急ぎで引き返す。 バス停まえで目撃したのは、看板を下ろし、シャッターを閉めたイカ焼き屋さんだった。 でも、いいか。 カメラは忘れてきた。 写真とイカ焼きは次回にとっておこう。