雪の五能線・だるまストーブ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2007-2-24〜27　　遠藤俊一

　五能線ではなかった、津軽鉄道だった。
だるまストーブのあるストーブ列車が走るのは津軽鉄道だった。

どうやら私の記憶違いだ。ではこのテーマどうしよう。変えるのも癪だ。
何かいい知恵ないかしら。考え抜いたあげく、
“うん、これだ”　おもわず、笑顔が湧いてきた。

　五能線の「陸奥鶴田駅」に着いた時はお昼の１２時を過ぎていた。
降りたのは私一人だった。駅前にはタクシーが二台ならんでいて、その先頭に乗り込んだ。
「運転手さん、鶴の舞橋に行って。少し時間を付き合ってね」
昨日の秋田も、五能線沿線も、ここにも雪はなかった。
今年は観測史上初めてというほどの暖冬だ。それにしても雪がない。
今度の旅の目的の一つが五能線を降りて雪だるまを作ることだ。
だから、雪がないと困る。

　鶴の舞橋の途中の丹頂鶴自然公園に寄る。
とたんに、私を待っていましたよというばかりのケッケッケッという鶴の鳴き声。
しかも、この辺は道をちょっと入ったところで少しだけ雪がある。
見物の先客は一人だけいたが、やはり、観光としてはオフシーズンだ。
ここから３分くらい歩くと鶴の舞橋の裏入り口に出る。
事前に観光課に問い合わせたが、この時期、橋への侵入は禁止だそうだ。
車止めの柵が二つあったが、人が一人すり抜けられるようにあいていた。
誰かが入っていったのだろう。　私も数メートル入って、運転手さんに写真をとってもらった。これで鶴の舞橋に足を踏み入れたこと
になるだろう。

　再びタクシーに戻り、橋の真正面へ走る。駐車場に止めて小道を橋に向かう。
あった！　あった！　雪があった。
雪だるまは作れるだろうか。でも、やるっきゃない。
皮手袋のまま、まず雪を小さく握る。
次に、雪の上におろし、おそるおそる転がしてみる。
付いてきた、付いてきた。だんだん大きくなってゆく。
直径５〜６０センチくらいの胴体ができた。
その上に、もう少し小さいが、運転手さんが作ってくれていた頭を乗せる。
家から持ってきた炭で、目を二つ作る。
津軽の皆さん、魔よけにしてくださいと、家の玄関に植えていた柊の枝で鼻を作った。
次に口を、やはり柊の枝で作る。まてよ、笑い顔にしようか、いやいや、やはり雪だるまはきりっとした顔だ。口はへの字にしよう。
かくて、できた、できた、雪だるまが出来たぞ。
これで、「五能線・雪だるま」だ。
鶴の舞橋をバックに雪だるまとツーショットでパチリ
思わずほっと息をつく。今回の最難関が突破できた。
後は「津軽鉄道・だるまストーブ」だ。
そしたら、「雪の五能線・だるまストーブ」になる。
「だるま」を掛けたところがミソだ。思わずほくそ笑んだ。

　もう７〜８年前になるだろうか。
私は回りに公言していた。次に行く旅先は３ヶ所だと。

　１　雨の大台ケ原・そぞろ歩き
　２　雪の五能線・だるまストーブ
　３　面河渓谷・水遊び

そして、面河渓谷は３年前に、大台ケ原は昨夏に済ませた。
いよいよ最後の五能線・だるまストーブに取り掛かったわけだ。

いざ実行に移すとなって調べてみると結構大変なことが出てきた。
まず、五所川原にいくのが大変。
五能線では「リゾートしらかみ」に乗らねばならないが、あまり便がない。
しかも、土日運行。秋田駅発は8：26で朝早すぎる。寝台列車もない。
五所川原の方からは適当なのがない。
結局、土曜の15：20羽田空港発ＪＡＬ便で秋田泊、次の日曜８：２６発「しらかみ１号」にのる。これしかない。

　五能線は全長１４７．２ｋｍ、秋田県・東能代から青森県・五所川原を経由して奥羽本線・川部を結ぶローカル線だ。しかし、乗っ
てみたいローカル線ＮＯ１の人気を誇る。
　海と山、津軽平野の詩情あふれる景色が堪能でき、海岸線ぎりぎりを走る列車や、雄大な岩木山をバックに走る光景など、格好の鉄
道列車撮影ポイントとして知られるそうだ。

　さすがに、「クルージングトレイン・リゾートしらかみ」を称しているだけあって、快適である。窓は広いし、座席もよし。展望ラ
ウンジで景色を見たり、おせんべいをかじりながらビールを一杯。
　途中で世界遺産・白神山地をのぞみ見て、海岸の絶景ポイントでは列車は速度をゆるめる。十二湖、ウエスバ椿山、千畳敷、鯵ヶ沢
など２時間推理ドラマのなじみの駅をすぎると、いよいよ津軽三味線の生演奏。先ほどの展望ラウンジが舞台に早代わり。五所川原で
降りていった。五所川原の次は陸奥鶴田、下車駅だ。ここには五能線沿線ではぜひ行きたいと思っていた鶴の舞橋がある。雪だるまを
作るなら絶対ここだと思っていた。持っていった本も時間つぶしの必要なく、３時間４０分が退屈せずに過ぎていった。

　鶴の舞橋は、長さ３００ｍで木造の三連太鼓橋としては日本最長だとか。鶴がつがいで羽ばたいているイメージらしく優美な湖面に
美しい姿を映している。
　それを見ながら昼食をとる。見ると何人かの人が橋を渡っている。
そうか、雪だるまを作った方の正面は進入禁止の看板が出ていた。
でも裏の方の入り口にはなかった。
みんなあっちから入っている。
むろん、私もそちらから３００ｍ渡ってＵターン。
向こうで雪だるまを彼方に見た時はなぜか身内にぞくりと走るものを感じた。

　タクシーでそのまま五所川原まで走り、ビジネスホテルで下ろしてもらう。
五所川原の夏祭りで有名な「立佞武多（たちねぷた）の館」に寄る。“立ちねぷた”は
なかなかのものだ。夕食はホテルで教えてもらった「居酒屋・だだだーん」に行く。

　“だだだーん”とは津軽三味線を最初に合わせるとき弾く音が“だだだーん”と聞こえるそうだ。つまりこの店は津軽三味線の生演
奏も聞きながら食事できるところだ。
　客は一組しかおらず、お運びのおばさんとお姉さんと馬鹿話を楽しくやりながら一杯やった。親父も出てきて、ここのしじみは十三
湖のしじみで大粒でうまいという。
メニューにあるのはみんな食べるぞと、しじみのクリーム煮、しじみの酒蒸し、しじみの醤油なんとかとしじみ汁を頼んだ。全部注文
したのは初めてだと親父が喜んだ。

　やがて津軽三味線の生演奏になった。なんと、さっきの親父とお姉さんだった。
その顔はがらりと変わり、真剣味そのもの。人は外面だけではわからない。
　一曲終わるごとに親父が解説をしている。客は私を入れて三組しかいない。
そうなりゃ、もう、こっちのものだ。
「はいっ、質問！」と発言。わたしの含蓄を披露。もちろん、ユーモアも忘れない。
また一曲、また一曲。その度に質問と含蓄披露。
完全に私との掛け合い演奏になってしまった。
ほかのお客さん、どう思っただろうね。でも、みんな楽しそうに笑ってたよ。
　後にわかったことだが、ＮＨＫのテレビ番組で「鶴瓶の家族に乾杯」の五所川原編にこの店、彼らが出演していた。私は二日後に宿
で前編を、次の週に自宅で妻と一緒に後編を見ることになる。テレビで訪れていた所は、今回ほとんど行っているところだった。
その親父とお姉さんがでている。不思議な縁を思いつ見入った。

　翌朝、いよいよ、津軽鉄道・だるまストーブに乗り込む。
二両客車編成で先頭は小型機関車が引っ張っていく。一両目と二両目の最前部は団体客が占めていた。二両目の残りが一般客用。前と後
ろにだるまストーブがある。
　もちろん、一番に乗り込んだ私はどの席を取るか考えた。ストーブのまん前にしようか。まてよ、雪もないんだ。暑くてしようがない。
そうかといってストーブが見えなくてもつまらない。かくて、斜め前の席にした。
　周りを占めたおばさんたちは三戸の町内会のグループだった。
列車が発車する前から、ストーブの上に置いてある網にスルメを載せた。熱い、熱いといいながら食べていた。私もまけずに家から持って
きた乾燥芋を載せた。
走り出したころ、私は別にモノ欲しそうにしていたと思わないが、彼女達がおすそ分けしてくれた。喜んでいただいた。だるまストーブで
焼いた乾燥芋も、スルメも格別である。
　ストーブのまん前にいた彼女は暑さに耐え切れず席を離れていった。なにしろ、雪の津軽鉄道・だるまストーブと呼ぼうにも、沿線には
雪がない。おまけに、お日様かんかんで窓ガラスからも暑さが攻めてくる。これ、本当に２月の津軽地方？

　「金木駅」で観光客はほとんど降りる。私も降りた。ここは太宰治の故郷である。いまは、太宰治記念館「斜陽館」となっている彼の生
家に寄る。なかなかの豪邸だったんだな。
“太宰らうめん“をたべて昼食にした。津軽三味線会館を見た後は、予定を変更して次の駅の「芦野公園」まで歩くことにした。途中の小
さい公園の壁に太宰の作品名がタイルにいっぱい書かれていた。私が読んだ本はほんの数える程度だ。

　芦野公園に着いたがあまり時間がなかった。次のストーブ列車に乗らねばならない。
太宰の文学碑や津軽三味線発祥の地碑を急ぎ足で通り過ぎる。
「夢の浮橋」に行きたかった。吊り橋を渡ったが浮橋はその先だった。
大急ぎで橋の真ん中まで渡り、Ｕターンして駅に行く。
この駅は観光写真に出てくるが、なかなか趣がある。
さぞかし桜の季節はきれいだろうが、いまはオフシーズン。ここでも乗客は私一人だった。
　まもなく、ストーブ列車が来た。一日二往復しかない。さっきの列車が往復してやってきたのだ。終点の中里を目指す。案の定、ここか
らは観光客は少なく、乗客は地元の人だけだった。

　中里駅前でタクシーを捜す。いない、弱ったぞ。
何のことはない、駅前にタクシー営業所があり、その中に一台が待機していた。
「運転手さん、十三湖に行って。でも、帰りは４時の列車に間に合わせてね」
昨晩、「だだだ〜ん」の親父が、中里に行くなら行っておいでよと言っていた。

　十三湖はしじみで私も名前だけは知っていた。
でも近くに行くと「十三湊（とさみなと）史跡」という看板があった。
とさみなと？聞いたような名だ。たしか、中世だったか、陸奥で栄えた港だったよな。
なに、“とさみなと“って十三湊って書くのか。すると、現在の十三湖は。
かって栄えた十三湊は、津波に襲われ、港の入り口が塞がれ、あっというまに衰退していったそうな。そうなのか。そして今はしじみの十
三湖か。

　“とさみなと“には関心を示したが、”十三湖“にはあまり関心を示さなかった私に、運転手は観光案内の作戦を変更した。城址はどう
かという。
　やおら、運転席のダッシュボードから古いアルバムを取り出し私に見せる。
二時間推理ドラマのロケスナップらしい。古尾谷某と女優の榊原郁恵の若いころの写真だ。
そのプロデューサは自分が案内したと自慢そうにいう。
　俳優はどうでもいいが、城址と聞いたらもう黙って入られない。
「すぐ行こう」
中世の豪族「安東家」の唐川城跡と福島城址の二箇所に連れて行ってくれた。
まさかここで城址コレクションが増えるとは思ってもいなかった。
おかげで帰りの列車には滑り込みセーフだった。

　津軽鉄道、今度は往きとは逆に「中里」から「五所川原」だ。
ただ、ストーブ列車は一日二便でもうないので、一両編成のワンマンカーだった。
がらがらの車内でようやく落ち着いて腰を下ろしたら、変なやつがわざわざ席を変えて私の前にすわった。
「話し相手になってもらえますか、座っていいですか」
だめとは言えないではないか。
　ジャンバー姿の彼は津軽弁だが流暢にしゃべる。
５８歳、この中里出身の絵描き兼俳人で、５〜６年前に故郷に帰ってきたという。
ひとは、津軽というと、すぐ「津軽海峡冬景色」とか「津軽三味線」とかいう。
津軽の人で、津軽三味線を弾くのはごくまれだ。景色だっていいところが沢山ある。
もっと実際にこっちに来て見てほしい、となにか憤っている。
適当にあしらっていたら、メモを出せという。
そんなのないというと、今度は手帳を出させられた。
サインをしてやるといい、一筆書きで丸を沢山描いた絵を書いた。
その脇に「コスモスの中の祈り」と書いた。コスモスは「宇宙」という意味だという。
沢山の丸はお地蔵様をイメージしていると続けた。
自分の名はいずれ有名になるからといい、「珍田黄山人」と署名した。
　結局、終点の五所川原までこんな調子で、彼がしゃべるのが６割、私が４割か。
変なやつだったが、この私を相手にして、半分以上しゃべったのだから、まあ、たいしたもんだ。
　ただ、ビックリしたのは、翌日、弘前の郷土文学館で偶然「珍田」の名前を発見した。
館では北の文脈リレー展をやっていた。
陸羯南（くがかつなん）特集があり、かれの同級生に「珍田」の名を見つけた。すると、「珍田」というのは津軽では由緒ある名なのかと
不思議な縁を思った。

　五所川原駅には今夜の宿の「津軽富士見ランドホテル」がバンで迎えに来てくれた。
３０分ほどで高台の宿に着いた。この辺にくると少しだけの雪があったが、こんなに少ないのは初めてだと番頭も驚いていた。宿泊客はあ
まりいないようだった。
食堂で一人きりの寂しい食事をし、青森一の湯量を誇る温泉風呂で岩木山の夜景を望んだ。

　翌朝は、バンで無人駅の「大釈迦」に送ってもらった。
駅前の商店のおばあちゃんから弘前行きの切符を買った。

　弘前でも雪はほとんどなし。市役所前で郷土文学館やねぷた館をみてから、何年ぶりだろうか、弘前城に行く。お城から弘前工業高校を
見たら茨城工場の福島やＴＴＳの佐藤洋を思い出した。タクシーで禅林街や五重塔などを見、バスで青森空港に向かった。

　１８：３０に羽田空港に帰ってきた。いやはや、雪は本当にちょびっとだったなと思うけど、それはそれとして、「雪の五能線・だるま
ストーブ」、なにやかにやの盛りだくさんイベントであった。

　いまは、三つの旅をやり遂げたという感慨がある。
うむ、余は満足じゃぞ！